は思い思いに出歩いた。そして両国の旅籠屋《はたごや》をさして帰って行くたびに、互いに見たり聞いたりして来る町々の話を持ち寄った。江戸にある木曾福島の代官山村氏の屋敷を東片町《ひがしかたまち》に訪《たず》ねたが、あの辺の屋敷町もさみしかったと言うのは幸兵衛だ。木曾の領主にあたる尾州侯の屋敷へも顔出しに行って来て、いたるところの町々に「かしや」の札の出ているのが目についたと言うのは平助だ。両国から親父橋《おやじばし》まで歩いて、当時江戸での最も繁華な場所とされている芳町《よしちょう》のごちゃごちゃとした通りをあの橋の畔《たもと》に出ると、芋《いも》の煮込みで名高い居酒屋には人だかりがして、その反対の町角《まちかど》にある大きな口入宿《くちいれやど》には何百人もの職を求める人が詰めかけていたと言うのは半蔵だ。
十一屋の隠居は半蔵らを宿へ迎え入れるたびに言った。
「皆さんは町へお出かけになりましても、日暮れまでには両国へお帰りください。なるべく夜分はお出ましにならない方がよろしゅうございますぞ。」
ようやく道中奉行からの差紙《さしがみ》で、三人の庄屋の出頭する日が来た。十一屋の二階で、
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