かくもああして妻子を養って行くのに、その応援に来る在の百姓ばかり食うや食わずにいる法はないという腹ができて来ます。それに、ある助郷村には疲弊のために休養を許して、ある村には許さないとなると、お触れ当ては不公平だという声も起こって来ます。旧助郷と新助郷だけでも、役を勤めに出て来る気持ちは違いますからね。一概に助郷の不参と言いますけれど掘って見ると村々によっていろいろなものが出て来ますね。そりゃ問屋だって、あなた、地方地方によってどれほど相違があるかしれないようなものですよ。」
その時、半蔵はそこにいる継母のおまんに頼んで母屋《もや》の方から清助を呼び寄せ、町方のものから申し出のあった書付を取り寄せた。それを一同の前に取り出して見せた。当時は諸色《しょしき》も高くなるばかりで、人馬の役を勤めるものも生活が容易でないとある。それには馬役、歩行役、ならびに七里役(飛脚を勤めるもの)の給金を増してほしいとある。伝馬一|疋《ぴき》給金六両、定歩行役《じょうほこうやく》一両二分、夏七里役一両二分、冬七里役一両三分と定めたいとある。
「こういうことになるから困る。」と得右衛門は言った。「宿の伝馬役が給金を増してくれと言い出すと、助郷だっても黙ってみちゃいますまい。」
「半蔵さん、君の意見はどうなんですか。」と寿平次がたずねる。
「そうですね。」と半蔵は受けて、「定助郷はぜひ置いてみたい。現在のありさまより無論いいと思います。しかし、自分一個の希望としては、わたしは別に考えることもあるんです。」
「そいつを話して見てください。」
「夢が多いなんて、また笑われても困る。」
「そんなことはありません。」
「まあ、お話しして見れば、たとえば公儀の御茶壺《おちゃつぼ》だとか、日光例幣使だとかですね、御朱印付きの証書を渡されている特別な御通行に限って、宿の伝馬役が無給でそれを継ぎ立てるような制度は改めたい。ああいう義務を負わせるものですから、伝馬役がわがままを言うようになるんです。継ぎ立てたい荷物は継ぎ立てるが、そうでないものは助郷へ押しつけるというようなことが起こるんです。つまり、わたしの夢は、宿の伝馬役と助郷の区別をなくしたい。みんな助郷であってほしい。だれでも、同じように助郷には勤めに出るというようにしたい。」
「万民が助郷ですか。なるほど、そいつは遠い先の話だ。」
「でも、寿平次さん
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