るんですよ。」
「騒がしい世の中になって来た。こんな時世でももうける人はもうける。」
 寿平次が半蔵と並んで話し話し歩いて行くうちに、石屋の坂の下あたりで得右衛門たちに追いついた。
「九郎兵衛さん、君はくわしい。」と寿平次は連れの方を見て言った。「飛騨《ひだ》の商人がはいり込んで来て、うんと四文銭を買い占めて行ったというじゃありませんか。」
「その話ですか。今の銭相場は一両で六貫四百文するところを、一両について四貫四百文替えに相談がまとまったとか言いましてね、金兵衛さんのところなぞじゃ四文銭を六|把《ぱ》も売ったと聞きました。」
 九太夫は大きなからだをゆすりゆすり答える。その時、得右衛門は妻籠からずっと同行して来た連れの肩をたたいて言った。
「寿平次さん、四文銭を六把で、いくらだと思います。二十七両の余ですよ。」
「いえ、今ね、こんな時世でももうける人はもうけるなんて、半蔵さんと話して来たところでさ。」
「違う。こんな時世だからもうけられるんでさ。」
 みんな笑って、馬籠の下町の入り口にあたる石屋の坂を登った。
 半蔵には、妻籠の客を二人とも自分の家に誘って、今後の街道や宿場のことについて語り合いたい心があり、馬籠ばかりでなく妻籠の方の人馬継立ての様子をも尋ねたい心があった。寿平次は寿平次で、この公役の見送りを機会に、かねて半蔵まで申し込んであった妹お民が三番目の男の子を妻籠の方へ連れて行って育てたいという腹で来た。いまだに子供を持たない寿平次が妻籠本陣での家庭をさみしがって、その話をかねて今度やって来たとは、半蔵は義理ある兄の顔を一目見たばかりの時にすでにそれと察していた。


「まあ、得右衛門さん、お上がりください。」
 お民は本陣の奥から上がり端《はな》のところへ飛んで出て来た。兄を見るばかりでなく、妻籠なじみの得右衛門を家に迎えることは、彼女としてもめずらしかった。
「はてな。阿爺《おやじ》も久しぶりでお目にかかりたいでしょうから、隠居所の方へ来ていただきましょうか。」
 そう半蔵は言って、その足で裏二階の方へ妻籠の客を案内した。
 間もなく吉左衛門の隠居|部屋《べや》では、「皆さん、袴《はかま》でもお取り。」という老夫婦の声を聞いた。
「お父《とっ》さん、いかがですか、その後御健康は。」と寿平次が尋ねる。
「いや、ありがとう。自分でも不思議なくらいにね、
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