よそやかましいと言っても、こんなやかましい御通行にぶつかったのは初めてです。」
そう半蔵が言って見せると、伊之助は声を潜めて、
「半蔵さん、脇本陣《わきほんじん》の桝田屋《ますだや》へ来て休んで行った別当はなんと言ったと思います。御召馬とはなんだ。そういうことを言うんですよ。桝田屋の小左衛門さんもそれには震えてしまって、公方様《くぼうさま》の御召馬で悪ければ、そんならなんと申し上げればよいのですかと伺いを立てたそうです。その時の別当の言い草がいい――御召御馬《おめしおうま》と言え、それからこの御召御馬は焼酎《しょうちゅう》を一升飲むから、そう心得ろですとさ。」
半蔵と伊之助とは互いに顔を見合わせた。
「半蔵さん、それだけで済むならまだいい。どうしてあの別当は機嫌《きげん》を悪くしていて、小左衛門さんの方で返事をぐずぐずしたら、いきなりその御召御馬を土足のまま桝田屋の床の間に引き揚げたそうですよ。えらい話じゃありませんか。実に、踏んだり蹴《け》ったりです。」
「京都の敵《かたき》をこの宿場へ来て打たれちゃ、たまりませんね。」と言って半蔵は嘆息した。
京都から引き揚げる将軍家用の長持が五十|棹《さお》も木曾街道を下って来るころは、この宿場では一層荷送りの困難におちいった。六月十日に着いた将軍の御召馬は、言わば西から続々殺到して来る関東方の先触《さきぶ》れに過ぎなかった。半蔵は栄吉と相談し、年寄役とも相談の上で、おりから江戸屋敷へ帰東の途にある仙台の家老(片倉小十郎《かたくらこじゅうろう》)が荷物なぞは一時留め置くことに願い、三棹の長持と五|駄《だ》の馬荷とを宿方に預かった。
隠退後の吉左衛門が沈黙に引き換え、伊之助の養父金兵衛は上の伏見屋の隠宅にばかり引き込んでいなかった。持って生まれた世話好きな性分《しょうぶん》から、金兵衛はこの混雑を見ていられないというふうで、肩をゆすりながら上の伏見屋から出て来た。
「どうも若い者は覚えが悪い。」と金兵衛は会所の前まで杖《つえ》をひいて来て、半蔵や伊之助をつかまえて言った。「福島のお役所というものもある。お役人衆の出張を願った例は、これまでにだっていくらもあることですよ。こういう時のお役所じゃありませんかね。」
「金兵衛さん、その事なら笹屋《ささや》の庄助さんが出かけましたよ。あの人は作食米《さくじきまい》の拝借の用を
前へ
次へ
全217ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング