に移った。勝重は松薪《まつまき》を加えたり、ボヤを折りくべたりして、炉の火をさかんにする。茶屋の亭主は客のために何かあたたかいものをと言って、串魚《くしうお》なぞを煮るしたくを始めていた。
「とにかく、半蔵さん、」と香蔵は語気を改めて言い出した。「建武中興でなしに、神武創業にまでこの復古を持って行かれたことは、意外でしたね。そりゃ機運は動いていましたさ。しかし、ここまで出て来るには十年は待たなけりゃなるまいかと思っていましたよ。」
「結局、今の時世が求めるものは何か、ということなんですね。」
「まあ、だれがこんな意見を岩倉公あたりの耳にささやいたかなんて、そんな詮索《せんさく》はしないがいい。ほら、半蔵さんに貸してあげた写本さ。あれを書いた人の言い草じゃないが、草叢《くさむら》の中が発起です――それでたくさんです。」
「そう言えば、香蔵さん、あの鉄胤《かねたね》先生もほんとうに黙っていらっしゃる、そうわたしは思い思いしました。今になって見ると、やっぱりあの先生は働いていたんですね。暮田正香なぞも、まあ見ていてくれたまえなんて、そんなことを言って京都へ立って行きましたっけ。こういう日が来るまでには、どのくらいの人が陰で働いたか知れますまい。」
「そりゃ、二人や三人の力でこの復古ができたと思うものがあったら、それこそとんでもない見当違いでしょう。」
「して見るとあの本居先生なぞが『古事記伝』を書いた本志は、こうまで道をあけるためであったかと思いますね。」
 やがて、亭主が炉にかけた鍋《なべ》からは、うまそうに煮える串魚のにおいもして来た。半蔵らが温《あたた》めてもらった酒もそこへ来た。時刻にはまだすこし早いころから、新茶屋の炉ばたではなめ味噌《みそ》ぐらいを酒のさかなに、盃《さかずき》のやり取りが始まった。
「旦那《だんな》、」と亭主はそこへ顔を出して、「この辺をよく通る旅の商人《あきうど》が塩烏賊《しおいか》をかついで来て、吾家《うち》へもすこし置いて行った。あれはどうだなし。」
「や、そいつはありがたいぞ。」と半蔵は好物の名を聞きつけたように。
「塩烏賊のおろしあえと来ては、こたえられない。酒の肴《さかな》に何よりだ。」と香蔵も調子を合わせる。
「今に豆腐の汁《つゆ》もできます。ゆっくり召し上がってください。」とまた亭主が言う。
「勝重さん、一|盃《ぱい》行こう。」
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