を想像し、榊《さかき》、籏《はた》なぞを想像し、幣帛《ぬさ》、弓、鉾《ほこ》なぞを想像し、その想像を同門の人たちのささげて行く四大人の御霊代にまで持って行った。彼はまた、その行列の中に加わっている先輩の暮田正香《くれたまさか》や、友人の景蔵や香蔵の姿を想像でありありと見ることができた。お民もその夜は眠らない。彼女は夫と共に起きていて、かわるがわる店座敷の戸をあけては東南の方の空を望みに行った。旧暦三月末のことで、暗い戸の外には花も匂《にお》った。


 同門、および準同門の人たちを合わせると、百六十人の篤胤の弟子《でし》たちが式に参列したという話を持って、景蔵や香蔵が大平峠《おおだいらとうげ》を越して馬籠まで帰って来たのは、それから二日ほど過ぎてのことである。
「青山君、いよいよわたしも青天白日の身となりましたよ。」
 と言って、伊那から景蔵らと同行して来た暮田正香もある。そういう正香は諒闇の年を迎えると共に大赦《たいしゃ》にあって、多年世を忍んでいた流浪《るろう》の境涯《きょうがい》を脱し、もう一度京都へとこころざす旅立ちの途中にある。
 二人の友人ばかりでなく、この先輩までも家に迎え入れて、半蔵は西向きに眺望《ちょうぼう》のある仲の間の障子を明けひろげた。その部屋に客の席をつくった。何よりもまず彼は条山神社での祭典当日のことを聞きたかった。
「いや、万事首尾よく済みました。」と景蔵が言った。「式のあとでは、剣《つるぎ》の舞《まい》もあり、鎮魂《たましずめ》の雅楽もありました。何にしろ君、伊那の谷としてはめずらしい祭典でしょう。行って見ると、京都の五条家からは奉納の翠簾《すいれん》が来てる、平田家からは蔵版書物の板木《はんぎ》を馬に幾|駄《だ》というほど寄贈して来てるというにぎやかさサ。どうして半蔵さんは見えないかッて、伊那の衆はみんな残念がっていましたよ。」
「せめて、あの晩の行列だけは半蔵さんに見せたかった。」と香蔵も言って見せる。「松尾さんのお母《っか》さん(多勢子《たせこ》)も京都からわざわざ出かけて来ていましたし、まだそのほかに参列した婦人が三、四人はありました。あの婦人たちがいずれも短刀を帯の間にはさんで、御霊代のお供をしたのは人目をひきましたよ。」
 その時、正香は条山神社の方からさげて来た神酒《みき》の小樽《こだる》と干菓子《ひがし》一折りとをそこ
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