歳にもなる。この姉弟《きょうだい》の子供はまた、おまんに連れられて、隣家の伏見屋から贈られた大きな九年母《くねんぼ》と林檎《りんご》の花をそこへ持って来た。伊之助も遷宮式のあることを聞いて、霊前に供えるようにと言って、わざわざみごとな九年母などを本陣へ寄せたのだ。
 思いがけない祭りの日でも来たように子供らは大騒ぎした。おまんはかわいいさかりの年ごろになって来た孫娘が部屋から走り出て行く姿を見送りながら、
「でも、お民、早いものじゃないか。宗太の方はまだそれほどでもないが、お粂はもうおとなの話なぞに気をつけきっているよ。耳を澄まして、じっとみんなの言うことを聞いてるよ。」
「ほんとに、あの娘《こ》のいるところじゃ、うっかりしたことは話せなくなりました。」
 とお民も笑った。
 その日の式は山吹村の方で夜の丑《うし》の刻《こく》に行なわれるという。伊那の谷から中津川辺へかけてのおもな平田門人のほとんど全部、それにまだ入門しないまでも篤胤の信仰者として聞こえた熱心な人たちが古式の祭典に参列するという。半蔵は自分一人その仲間にもれたことを思い、袴《はかま》をつけたままの改まった心持ちで、山吹村|追分《おいわけ》の御仮屋《おかりや》から条山神社の本殿に遷《うつ》さるるという四大人の御霊代《みたましろ》を想像し、それらをささげて行く人のだれとだれとであるべきかを想像した。
 その年は前年凶作のあとをうけ、かつは諒闇《りょうあん》のことでもあり、宿内倹約を申し合わせて、正月定例の家祈祷《いえきとう》にすら本陣では家内限りで蕎麦《そば》切りを祝ったくらいである。そんな中で遷宮式の日を迎えた半蔵は、清助と栄吉を店座敷に集めて、焼※[#「魚+昜」、274−16]《やきするめ》ぐらいを肴《さかな》に、しるしばかりの神酒《みき》を振る舞った。床の間に燈明のつくころには、伊之助も顔を見せたので、半蔵はこの隣人を相手に、互いに霊前で歌なぞをよみかわした。いつのまにか伊之助は半蔵の歌の友だちになって、年寄役としての街道の世話、家業の造酒なぞの余暇に、半蔵を感心させるほど素直な歌を作るような人である。
 夜はふけた。伊之助も帰って行った。そろそろ山吹村の方では行列が動きはじめたかとうわさの出るころには、なんとなくおごそかな思いが半蔵の胸に満ちて来た。彼はその深夜に動いて行く松明《たいまつ》の輝き
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