るところへ戻《もど》って来て言った。
「この節は、早飛脚の置いて行く話も当てにならなくなりました。なんですか、わたしはろくろく仕事も手につきません。一つ名古屋まで行って、西の方の様子を突きとめて来たいと思います。どうでしょう、お父《とっ》さんやお母《っか》さんにしばらくお留守居を願えますまいか。」
「まあ、待てよ、みんな寝ころんで話そうじゃないか。」とその時、吉左衛門が言い出した。「半蔵はそこへ足でも伸ばせよ。おまん、お前も横になったら、どうだい。こういう相談は寝ながらにかぎる。」
旧暦七月の晩のことで、おまんは次ぎの部屋の方へ行燈《あんどん》を持ち運び、燈火《あかり》を遠くして来て、吉左衛門のそばに腰を延ばした。他人をまぜずの親子ぎりだ。三人思い思いに横になって見ると、薄暗いところでも咄《はなし》は見える。それに、余分親しみもある。
「半蔵、」と吉左衛門は寝ながら頬杖《ほおづえ》をついて、言葉を続けた。「お前も知ってるとおり、とかく人の口はうるさいし、本陣親子のものに怠りがあると言われては、御先祖さまに対しても申しわけがない。実はこの二、三年来というもの、お前が家を捨てて出て行きゃしないかと思って、おれはそればかり心配していたよ。そりゃ、今は家なぞを顧みているような、そんな時世じゃない、そういうお前のお友だちの心持ちはおれにもわかる。でも、お前までその気になられると、だれがこの街道の世話するかと思ってさ。まあ、おれはこんな昔者だ。お前の家出ばかりを案じて来た。しかし、今夜という今夜はこんなことが言えるくらいだ。もうおれもそんなに心配ばかりしていない。お前が黙って出て行かずに、そう言って相談してくれると、おれもうれしい。」
「まあ、お父さんもああおっしゃるし、半蔵も思い立ったものなら、出かけて行って来るがいい。留守はどんなにしても、わたしたちが引き受けますよ。」とおまんも力を入れて言った。
吉左衛門がこんなに心配するのは、ただただ自分が年老いて心細いからというばかりでもない。あるいは先年のように水戸浪士を迎えたり、あるいは幕府の注意人物を家にかくして置いたりする半蔵が友だち仲間の行動は、とやかくと人の口に上るからで。この父に言わせると、中津川あたりと馬籠とでは、同じ尾州《びしゅう》領でも土地の事情が違う。木曾谷《きそだに》三十三か村には福島の役人の目が絶えず
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