いる。万福寺での墓掃除からくたびれて帰ったという父を見ると、半蔵も名古屋行きのことをすぐにそこへ切り出しかねた。
「お母《っか》さん――どれ、わたしが一つかわりましょう。」
 と彼はおまんに言って、父の背後《うしろ》の方へ立って行こうとした。
「や、半蔵も按摩《あんま》さんをやってくれるか。肩はもうたくさんだぞ。そんなら、足を頼もう。」
 吉左衛門はとかく不自由でいる右の足を半蔵の前に投げ出して見せた。中風を煩《わずら》ったあげくの痕跡《こんせき》がまだそこに残っている。馬籠の駅長時代には百里の道を平気で踏んだほどの健脚とも思われないような、変わり果てた父の脹脛《ふくらはぎ》が、その時半蔵の手に触れた。かつて隆起した筋肉の勁《つよ》さなぞは探《さが》したくもない。膝《ひざ》から足の甲へかけての骨もとがって来ている。
「まあ、お父《とっ》さんはこんな冷たい足をしているんですか。」
 半蔵は話し話し、温暖《あたた》かい血の気が感じられるまで根気に父の足をなでさすっていた。先年、彼が父の病を祷《いの》るために御嶽山《おんたけさん》の方へ出かけたころから見ると、父も次第に健康を回復したが、しかしめっきり老い衰えて来たことは争えない。父ももはやそんなに長くこの世に生きている人ではなかろう。手から伝わって来るその感覚が彼をかなしませた。
「半蔵、街道の方に声がするぞ。」と吉左衛門はきき耳を立てて言った。「また早飛脚かと思うと、おれのような年寄りにもあの声は耳についてしまったよ。」
 その時、半蔵は父のそばを離れて、「またか」というふうにその裏二階の縁先の位置から街道の空をうかがった。以前、京都からのがれて来た時の暮田正香《くれたまさか》を隠したこともある土蔵の壁には淡い月がさして来ていて、庭に植えてある柿《かき》の梢《こずえ》も暗い。峠の上の空を急ぐ早い雲脚《くもあし》までがなんとなく彼の心にかかった。


 最初、今度の軍役に使用される人馬は慶安度《けいあんど》軍役の半減という幕府の命令ではあったが、それでも前年の五月に将軍が進発された時の導従《どうじゅう》はおびただしい数に上り、五百石以上の諸士は予備の雇い人馬まで使用することを許されたほどで、沿道人民がこうむる難儀も一通りでなかった。そうでなくてさえ、困窮疲労の声は諸国に満ちて来た。江戸の方を見ると、参覲交代廃止以来の深刻
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