の様子をも探りに来た。
「寿平次さん、君の方へは福島から何か沙汰《さた》がありましたか。」
「浪士のことについてですか。本陣問屋へはなんとも言って来ません。」
「何か考えがあると見えて、わたしの方へもなんとも言って来ない。これが普通の場合なら、浪士なぞは泊めちゃならないなんて、沙汰のあるところですがね。」
「そりゃ、半蔵さん、福島の旦那《だんな》様だってなるべく浪士には避《よ》けて通ってもらいたい腹でいますさ。」
「いずれ浪士は清内路《せいないじ》から蘭《あららぎ》へかかって、橋場へ出て来ましょう。あれからわたしの家をめがけてやって来るだろうと思うんです。もし来たら、わたしは旅人として迎えるつもりです。」
「それを聞いてわたしも安心しました。馬籠から中津川の方へ無事に浪士を落としてやることですね、福島の旦那様も内々《ないない》はそれを望んでいるんですよ。」
「妻籠の方は心配なしですね。そんなら、寿平次さん、お願いがあります。あすはかなりごたごたするだろうと思うんです。もし妻籠の方の都合がついたら来てくれませんか。なにしろ、君、急な話で、したくのしようもない。けさは会所で寄り合いをしましてね、村じゅう総がかりでやることにしました。みんな手分けをして、出かけています。わたしも今、一息入れているところなんです。」
「そう言えば、今度は飯田でもよっぽど平田の御門人にお礼を言っていい。君たちのお仲間もなかなかやる。」
「平田門人もいくらか寿平次さんに認められたわけですかね。」
 その時、宿泊人数の割り当てに村方へ出歩いていた宿役人仲間も帰って来て、そこへ顔を見せる。年寄役の伊之助は荒町《あらまち》から。問屋九郎兵衛は峠から。馬籠ではたいがいの家が浪士の宿をすることになって、万福寺あたりでも引き受けられるだけ引き受ける。本陣としての半蔵の家はもとより、隣家の伊之助方でも向こう側の隠宅まで御用宿ということになり同勢二十一人の宿泊の用意を引き受けた。
「半蔵さん、それじゃわたしは失礼します。都合さえついたら、あす出直して来ます。」
 寿平次はこっそりやって来て、またこっそり妻籠の方へ帰って行った。
 にわかに宿内の光景も変わりつつあった。千余人からの浪士の同勢が梨子野峠《なしのとうげ》を登って来ることが知れると、在方《ざいかた》へ逃げ去るものがある。諸道具を土蔵に入れるものがある。
前へ 次へ
全217ページ中103ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング