内部《なか》のすみずみまでも見て回った。生家《さと》を見慣れた目で、この街道に生《は》えたような家を見ると、お民にはいろいろな似よりを見いだすことも多かった。奥の間、仲の間、次の間、寛《くつろ》ぎの間というふうに、部屋部屋に名のつけてあることも似ていた。上段の間という部屋が一段高く造りつけてあって、本格な床の間、障子から、白地に黒く雲形を織り出したような高麗縁《こうらいべり》の畳まで、この木曾路を通る諸大名諸公役の客間にあててあるところも似ていた。
 熊は鈴の音をさせながら、おまんやお民の行くところへついて来た。二人が西向きの仲の間の障子の方へ行けば、そこへも来た。この黒毛の猫は新来の人をもおそれないで、まだ半分お客さまのようなお民の裾《すそ》にもまといついて戯れた。
「お民、来てごらん。きょうは恵那山《えなさん》がよく見えますよ。妻籠《つまご》の方はどうかねえ、木曾川の音が聞こえるかねえ。」
「えゝ、日によってよく聞こえます。わたしどもの家は河《かわ》のすぐそばでもありませんけれど。」
「妻籠じゃそうだろうねえ。ここでは河の音は聞こえない。そのかわり、恵那山の方で鳴る風の音が手に取る
前へ 次へ
全473ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング