ばたへ上がった。
「おふき、お前はよいところへ来てくれた。」とおまんは言った。「きょうは若夫婦に御幣餅《ごへいもち》を祝うつもりで、胡桃《くるみ》を取りよせて置いた。お前も手伝っておくれ。」
「ええ、手伝うどころじゃない。農家も今は閑《ひま》だで。御幣餅とはお前さまもよいところへ気がつかっせいた。」
「それに、若夫婦のお相伴《しょうばん》に、お隣の子息《むすこ》さんでも呼んであげようかと思ってさ。」
「あれ、そうかなし。それじゃおれが伏見屋へちょっくら行って来る。そのうちには店座敷でも起きさっせるずら。」
 気候はめずらしい暖かさを続けていて、炉ばたも楽しい。黒く煤《すす》けた竹筒、魚の形、その自在鍵《じざいかぎ》の天井から吊《つ》るしてある下では、あかあかと炉の火が燃えた。おふきが隣家まで行って帰って見たころには、半蔵とお民とが起きて来ていて、二人で松薪《まつまき》をくべていた。渡し金《がね》の上に載せてある芋焼餅も焼きざましになったころだ。おふきはその里芋《さといも》の子の白くあらわれたやつを温め直して、大根おろしを添えて、新夫婦に食べさせた。
「お民、おいで。髪でも直しましょう。
前へ 次へ
全473ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング