目の朝には、もはや客振舞《きゃくぶるまい》の取り込みも静まり、一日がかりのあと片づけも済み、出入りの百姓たちもそれぞれ引き取って行ったあとなので、おまんは炉ばたにいて家の人たちの好きな芋焼餅を焼いた。
店座敷に休んだ半蔵もお民もまだ起き出さなかった。
「いつも早起きの若旦那が、この二、三日はめずらしい。」
そんな声が二人の下女の働いている勝手口の方から聞こえて来る。しかしおまんは奉公人の言うことなぞに頓着《とんちゃく》しないで、ゆっくり若い者を眠らせようとした。そこへおふき婆さんが新夫婦の様子を見に屋外《そと》からはいって来た。
「姉《あね》さま。」
「あい、おふきか。」
おふきは炉ばたにいるおまんを見て入り口の土間のところに立ったまま声をかけた。
「姉さま。おれはけさ早く起きて、山の芋《いも》を掘りに行って来た。大旦那も半蔵さまもお好きだで、こんなものをさげて来た。店座敷ではまだ起きさっせんかなし。」
おふきは※[#「くさかんむり/稾」、58−12]苞《わらづと》につつんだ山の芋にも温《あたた》かい心を見せて、半蔵の乳母《うば》として通《かよ》って来た日と同じように、やがて炉
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