か》くしていた。
やがて、仙十郎は声高くうたい出した。
木曾のナ
なかのりさん、
木曾の御嶽《おんたけ》さんは
なんちゃらほい、
夏でも寒い。
よい、よい、よい。
半蔵とは対《むか》い合いに、お民の隣には仙十郎の妻で半蔵の異母妹にあたるお喜佐も来て膳《ぜん》に着いていた。お喜佐は目を細くして、若い夫のほれぼれとさせるような声に耳を傾けていた。その声は一座のうちのだれよりも清《すず》しい。
「半蔵さん、君の前でわたしがうたうのは今夜初めてでしょう。」
と仙十郎は軽く笑って、また手拍子《てびょうし》を打ちはじめた。百姓の仲間からおふき婆さんまでが右に左にからだを振り動かしながら手を拍《う》って調子を合わせた。塩辛《しおから》い声を振り揚げる髪結い直次の音頭取《おんどと》りで、鄙《ひな》びた合唱がまたそのあとに続いた。
袷《あわせ》ナ
なかのりさん、
袷やりたや
なんちゃらほい、
足袋《たび》添えて。
よい、よい、よい。
本陣とは言っても、吉左衛門の家の生活は質素で、芋焼餅《いもやきもち》なぞを冬の朝の代用食とした。祝言のあった六日
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