いるらしい。おまんは土蔵の二階の方にごとごと音のするのを聞きながら梯子《はしご》を登って行って見た。そこに吉左衛門がいた。
「あなた、福島からお差紙《さしがみ》ですよ。」
 吉左衛門はわずかの閑《ひま》の時を見つけて、その二階に片づけ物なぞをしていた。壁によせて幾つとなく古い本箱の類《たぐい》も積み重ねてある。日ごろ彼の愛蔵する俳書、和漢の書籍なぞもそこに置いてある。その時、彼はおまんから受け取ったものを窓に近く持って行って読んで見た。
 その差紙には、海岸警衛のため公儀の物入りも莫大《ばくだい》だとある。国恩を報ずべき時節であると言って、三都の市中はもちろん、諸国の御料所《ごりょうしょ》、在方《ざいかた》村々まで、めいめい冥加《みょうが》のため上納金を差し出せとの江戸からの達しだということが書いてある。それにはまた、浦賀表《うらがおもて》へアメリカ船四|艘《そう》、長崎表へオロシャ船四艘交易のため渡来したことが断わってあって、海岸|防禦《ぼうぎょ》のためとも書き添えてある。
「これは国恩金の上納を命じてよこしたんだ。」と吉左衛門はおまんに言って見せた。「外は風雨《しけ》だというのに、
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