内では祝言のしたくだ――しかしこのお差紙《さしがみ》の様子では、おれも一肌《ひとはだ》脱がずばなるまいよ。」
 その時になって見ると、半蔵の祝言を一つのくぎりとして、古い青山の家にもいろいろな動きがあった。年老いた吉左衛門の養母は祝言のごたごたを避けて、土蔵に近い位置にある隠居所の二階に隠れる。新夫婦の居間にと定められた店座敷へは、畳屋も通《かよ》って来る。長いこと勤めていた下男も暇を取って行って、そのかわり佐吉という男が今度新たに奉公に来た。
 おまんが梯子《はしご》を降りて行ったあと、吉左衛門はまた土蔵の明り窓に近く行った。鉄格子《てつごうし》を通してさし入る十一月の光線もあたりを柔らかに見せている。彼はひとりで手をもんで、福島から差紙のあった国防献金のことを考えた。徳川幕府あって以来いまだかつて聞いたこともないような、公儀の御金蔵《おかねぐら》がすでにからっぽになっているという内々《ないない》の取り沙汰《ざた》なぞが、その時、胸に浮かんだ。昔|気質《かたぎ》の彼はそれらの事を思い合わせて、若者の前でもなんでもおかまいなしに何事も大げさに触れ回るような人たちを憎んだ。そこから子に対
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