と衝突したのは、彼として決して偶然な出来事とも思われなかった。ちょうど利三郎は、尾州の用材を牛につけて、清水谷下《しみずだにした》というところにかかった時であったという。三人の雲助がそこへ現われて、竹の杖《つえ》で利三郎を打擲《ちょうちゃく》した。二、三か所も打たれた天窓《あたま》の大疵《おおきず》からは血が流れ出て、さすがの牛行司も半死半生の目にあわされた。村のものは急を聞いて現場へ駆けつけた。この事が宿方へも注進のあった時は、二人《ふたり》の宿役人が目証《めあかし》の弥平《やへえ》を連れて見届けに出かけたが、不幸な利三郎はもはや起《た》てない人であろうという。一事が万事だ。すべてこれらのことは、参覲交代《さんきんこうたい》制度の変革以来に起こって来た現象だ。
「憐《あわれ》むべき街道の犠牲。」
 と半蔵は考えつづけた。上は浪人から、下は雲助まで、世襲過重の時代が生んだ特殊な風俗と形態とが目につくだけでも、なんとなく彼は社会変革の思いを誘われた。庄屋《しょうや》としての彼は、いろいろな意味から、下層にあるものを護《まも》らねばならなかった……
 ふとわれに返ると、静かな読経《どきょう
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