うやくそれを付け送ったことがある。
 こんなことを思い浮かべると、街道における輸送の困難も、仙台侯の帰東も、なんとなく切迫して来た関東や京都の事情と関係のないものはない。時ならぬ鐘の音が馬籠の万福寺からあの街道へがんがん聞こえて来ている。この際、人心を善導し、天下の泰平を祷《いの》り、あわせて上洛《じょうらく》中の将軍のためにもその無事を祈れとの意味で、公儀から沙汰《さた》のあった大般若《だいはんにゃ》の荘厳《おごそか》な儀式があの万福寺で催されているのだ。手兼村《てがのむら》の松源寺、妻籠《つまご》の光徳寺、湯舟沢の天徳寺、三留野《みどの》の等覚寺、そのほか山口村や田立村の寺々まで、都合六か寺の住職が大般若に集まって来ているのだ。
 物々しいこの空気を思い出しているうちに、半蔵の胸には一つの悲劇が浮かんで来た。峠村の牛行司《うしぎょうじ》で利三郎と言えば、彼には忘れられない男の名だ。かつて牛方事件の張本人として、中津川の旧問屋|角屋《かどや》十兵衛を相手に血戦を開いたことのある男だ。それほど腰骨《こしぼね》の強い、黙って下の方に働いているような男が、街道に横行する雲助《くもすけ》仲間
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