うものを見たことがある。広い角額《かくびたい》、大きな耳、遠いところを見ているような目、彼がその画像から受けた感じは割合に面長《おもなが》で、やせぎすな、どこか角張《かくば》ったところのある容貌《ようぼう》の人だ。四十台か、せいぜい五十に手の届く年ごろの面影《おもかげ》と見えて、まだ黒々とした髪も男のさかりらしく、それを天保《てんぽう》時代の風俗のような髻《たぶさ》に束ねてあった。それは見台をわきにした座像《ざぞう》で、三蓋菱《さんがいびし》の羽織《はおり》の紋や、簡素な線があらわした着物の襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》にも特色があったが、ことに、その左の手を寛《くつろ》いだ形に置き、右の手で白扇をついた膝《ひざ》こそは先師のものだ、と思って、心をとめて見た覚えがある。見台の上に、先師|畢生《ひっせい》の大きな著述とも言うべき『古史伝』稿本の一つが描いてあったことも、半蔵には忘れられなかった。あだかも、先師はあの画像から膝《ひざ》を乗り出して、彼の前にいて、「一切は神の心であろうでござる」とでも言っているように彼には思われて来た。

       四

 
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