言って、二人してその掛け物の前に立った。全く神仏を混淆《こんこう》してしまったような床の間の飾り付けが、まず半蔵をまごつかせた。
 しかし、気の置けない宿だ。ここにはくたぶれて来た旅人や参詣者《さんけいしゃ》なぞを親切にもてなす家族が住む。当主の禰宜《ねぎ》で十七、八代にもなるような古い家族の住むところでもある。髯《ひげ》の白いお爺《じい》さん、そのまたお婆《ばあ》さん、幾人《いくたり》の古い人たちがこの屋根の下に生きながらえているとも知れない。主人の宮下はちょいちょい半蔵を見に来て、風呂《ふろ》も山家での馳走《ちそう》の一つと言って勧めてくれる。七月下旬の山開きの日を待たなければ講中も入り込んで来ない、今は谷もさびしい、それでも正月十五日より二月十五日に至る大寒の季節をしのいでの寒詣《かんもう》でに続いて、ぽつぽつ祈願をこめに来る参詣者が絶えない、と言って見せるのも主人だ。行者や中座《なかざ》に引率されて来る諸国の講中が、吹き立てる法螺《ほら》の貝の音と共に、この谷間に活気をそそぎ入れる夏季の光景は見せたいようだ、と言って見せるのもまた主人だ。
 夕飯後に、主人はまた半蔵を見に来て言
前へ 次へ
全473ページ中447ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング