母屋《もや》の間を往復して、吉左衛門の身のまわりのことから家事の世話まで、馬籠の本陣にはなくてならない人になっている。高遠《たかとお》藩の方に聞こえた坂本家から来た人だけに、相応な教養もあって、取って八つになる孫娘のお粂《くめ》に古今集《こきんしゅう》の中の歌なぞを諳誦《あんしょう》させているのも、このおまんだ。
「お母《っか》さん、留守をお願いしますよ。」と半蔵は言った。「わたしもそんなに長くかからないつもりです。三日も参籠《さんろう》すればすぐに引き返して来ます。」
「まあ、思い立った時に出かけて行って来るがいい。お父《とっ》さんも大層よろこんでおいでのようだよ。」
 家にはこの継母があり、妻があり、吉左衛門の退役以来手伝いに通《かよ》って来る清助がある。半蔵は往復七日ばかりの留守を家のものに頼んで置いて、王滝の方へ向かおうとした。下男の佐吉は今度も供をしたいと言い出したが、半蔵は佐吉も家に残して置いて、弟子《でし》の勝重《かつしげ》だけを連れて行くことにした。勝重も少年期から青年期に移りかける年ごろになって来て、しきりに同行を求めるからで。
 神前への供米《くまい》、『静《しず》
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