の岩屋《いわや》』二冊、それに参籠用の清潔で白い衣裳《いしょう》なぞを用意するくらいにとどめて、半蔵は身軽にしたくした。勝重は、これも半蔵と一緒に行くことを楽しみにして、「さあ、これから山登りだ」という顔つきだ。
本陣の囲炉裏《いろり》ばたでは、半蔵はじめ一同集まってこういう時の習慣のような茶を飲んだ。そこへ思いがけない客があった。
「半蔵さん、君はお出かけになるところですかい。」
と言って、勝手を知った囲炉裏ばたの入り口の方からはいって来た客は、他《ほか》の人でもない、三年前に中津川を引き揚げて伊那《いな》の方へ移って行った旧《ふる》い師匠だ。宮川寛斎《みやがわかんさい》だ。
寛斎はせっかく楽しみにして行った伊那の谷もおもしろくなく、そこにある平田門人仲間とも折り合わず、飯田《いいだ》の在に見つけた最後の「隠れ家《が》」まであとに見捨てて、もう一度中津川をさして帰って行こうとする人である。かつては横浜貿易を共にした中津川の商人|万屋安兵衛《よろずややすべえ》の依頼をうけ、二千四百両からの小判を預かり、馬荷一|駄《だ》に宰領の付き添いで帰国したその同じ街道の一部を、多くの感慨
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