か、薩州侯をして下手人《げしゅにん》を出させることもできないのは、英国政府を侮辱するものであるとし、第一明らかにその罪を陳謝すべき事、償金十万ポンドを支払うべき事、もし満足な答えが得られないなら、英国水師提督は艦隊の威力によって目的を達するに必要な行動を執るであろうと言い、のみならず日本政府の力で薩摩の領分に下手人を捕えることもできないなら、英国は直接に薩州侯と交渉するであろう、それには艦隊を薩摩の港に差し向け、下手人を捕え、英国海軍士官の面前において斬首《ざんしゅ》すべき事、被害者の親戚《しんせき》および負傷者の慰藉料《いしゃりょう》として二万五千ポンドを支払うべき事をも付け添えて来た。この通牒《つうちょう》の影響は大きかった。のみならず、諸藩の有志が評定のために参集していた学習院へ達した時は、イギリス側の申し出はいくらかゆがめられた形のものとなって諸有志の間に伝えられた。それは左の三か条について返答を承りたい、とあったという。
[#ここから1字下げ]
一、島津久光をイギリスに相渡し申さるべきや。
二、償銀として十万ポンド差し出さるべきや。
三、薩摩の国を征伐いたすべきや。
[#ここ
前へ
次へ
全473ページ中429ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング