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「関東の事情切迫につき、英艦|防禦《ぼうぎょ》のため大樹《たいじゅ》(家茂のこと)帰府の儀、もっともの訳《わけ》がらに候えども、京都ならびに近海の守備警衛は大樹において自ら指揮これあるべく候《そうろう》。かつ、攘夷《じょうい》決戦のおりから、君臣一和にこれなく候ては相叶《あいかな》わざるのところ、大樹関東へ帰府せられ、東西相離れ候ては、君臣の情意相通ぜず、自然隔離の姿に相成るべく、天下の形勢救うべからざるの場合にたちいたり申すべく候。当節、大樹帰城の儀、叡慮《えいりょ》においても安んぜられず候間、滞京ありて、守衛の計略厚く相運《あいめぐ》らされ、宸襟《しんきん》を安んじ奉り候よう思《おぼ》し召され候。英艦応接の儀は浪華港《なにわみなと》へ相回し、拒絶談判これあるべく、万一兵端を開き候節は大樹自身出張、万事指揮これあり候わば、皇国の志気|挽回《ばんかい》の機会にこれあるべく思し召され候。関東防禦の儀は、しかるべき人体《にんてい》相選み申し付けられ候よう、御沙汰《ごさた》に候事。」これは小御所《こごしょ》において関白から一橋慶喜に渡されたというものである。学習院に参集
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