の徘徊《はいかい》に、決死の覚悟をもってする種々《さまざま》な建白に、王室回復の志を抱《いだ》く公卿たちの策動に、洛中の風物がそれほど薄暗い空気に包まれていたことは、実際に京都の土を踏んで見た関東方の想像以上であったと言わるる。ちょうど水戸藩主も前後して入洛《じゅらく》したが、将軍家の入洛はそれと比べものにならないほどのひそやかさで、道路に拝観するものもまれであった。そればかりではない。近臣のものは家茂《いえもち》の身を案じて、なんとかして将軍を護《まも》らねばならないと考えるほどの恐怖と疑心とにさえ駆られたという。将軍はまだ二十歳にも達しない、宮中にはいってはいかに思われても武士の随《したが》い行くべきところでない、それには鋭い懐剣を用意して置いて参内の時にひそかに差し上げようというのが近臣のものの計画であったという。さすがに家茂はそんなものを懐《ふところ》にする人ではなかった。それを見るとたちまち顔色を変えて、その剣を座上に投げ捨てた。その時の家茂の言葉に、朝廷を尊崇して参内する身に危害を加えようとするもののあるべき道理がない、もしこんな懐剣を隠し持つとしたら、それこそ朝廷を疑い奉
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