て、母屋《もや》の方へ帰って行った。どれほどの人の動き始めたとも知れないような京都の方のことを考え、そこにある友人の景蔵のことなぞを考えて、その晩は彼もよく眠られなかった。
 翌日の昼過ぎに、半蔵はこっそり正香を見に行った。御膳《ごぜん》何人前、皿《さら》何人前と箱書きのしてある器物の並んだ土蔵の棚《たな》を背後《うしろ》にして、蓙《ござ》を敷いた座蒲団の上に正香がさびしそうにすわっていた。前の晩に見た先輩の近づきがたい様子とも違って、多感で正直な感じのする一人の国学者をそこに見つけた。
 その時、半蔵は腰につけて持って行った瓢箪《ふくべ》を取り出した。木盃《もくはい》を正香の前に置いた。くたぶれて来た旅人をもてなすようにして、酒を勧めた。
「ほ。」と正香は目をまるくして、「君はめずらしいものをごちそうしてくれますね。」
「これは馬籠の酒です。伏見屋と桝田屋《ますだや》と、二軒で今造っています。一つ山家の酒を味わって見てください。」
「どうも瓢箪のように口の小さいものから出る酒は、音からして違いますね。コッ、コッ、コッ、コッ――か。長道中でもして来た時には、これが何よりですよ。」
 ま
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