。半蔵はこの父の様子をちょっとのぞいたあとで、南側の長い廊下を歩いて見た。オランダ留学生のうわさを思いながら、ひとり言って見た。
「黒船はふえるばかりじゃないかしらん。」
とうとう、半蔵は父の前に呼ばれて、青山の家に伝わった古い書類なぞを引き渡されるような日を迎えた。父の退役はもはや時の問題であったからで。
本陣問屋庄屋の三役を勤めるに必要な公用の記録から、田畑家屋敷に関する反別《たんべつ》、年貢《ねんぐ》、掟年貢《おきてねんぐ》なぞを記《しる》しつけた帳面の類《たぐい》までが否応《いやおう》なしに半蔵の前に取り出された。吉左衛門は半蔵に言いつけて、古い箱につけてある革《かわ》の紐《ひも》を解かせた。人馬の公用を保証するために、京都の大舎人寮《おおとねりりょう》、江戸の道中奉行所をはじめ、その他全国諸藩から送ってよこしてある大小種々の印鑑がその中から出て来た。宿駅の合印《あいじるし》だ。吉左衛門はまた半蔵に言いつけて、別の箱の紐《ひも》を解かせた。その中には、遠く慶長《けいちょう》享保《きょうほう》年代からの御年貢|皆済目録《かいさいもくろく》があり、代々持ち伝えても破損と散乱
前へ
次へ
全473ページ中389ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング