の殿様、家老、用人、その時の同勢はおびただしい人数で、行列も立派ではあったが、もはや先代井伊|掃部頭《かもんのかみ》が彦根の城主としてよくこの木曾路を往来したころのような気勢は揚がらない。そこへ行くと、千段巻《せんだんまき》の柄《え》のついた黒鳥毛《くろとりげ》の鎗《やり》から、永楽通宝《えいらくつうほう》の紋じるしまで、はげしい意気込みでやって来た長州人は彦根の人たちといちじるしい対照を見せる。
 その日、半蔵は父の名代として、隣家の伊之助や問屋の九郎兵衛と共に、一行を宿はずれの石屋の坂あたりまで見送り、そこから家に引き返して来て、父の部屋《へや》をのぞきに行った。病床から半ば身を起こしかけている吉左衛門は山の中へ来る六月の暑さにも疲れがちであった。半蔵は一度倒れたこの父が回復期に向かいつつあるというだけにもやや胸をなでおろして、なるべく頭を悩まさせるようなことは父の耳に入れまいとした。京都の方にある景蔵からは、容易ならぬ彼地《かのち》の形勢を半蔵のところへ報じて来た。伏見寺田屋の変をも知らせて来た。王政復古と幕府討伐の策を立てた八人の壮士があの伏見の旅館で斃《たお》れたことをも知ら
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