この門前には諸大名通行のおりの定例のように、すでに用意した札の掲げてあるのを見た。
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松平大膳太夫《まつだいらだいぜんだゆう》様 御休所
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 松平大膳太夫とあるは、この大名のことで、長門国《ながとのくに》三十六万九千石の領主を意味する。
 その時、半蔵は出て、一行の中の用人に挨拶《あいさつ》した。
「わたしは吉左衛門の忰《せがれ》でございます。父はこの四月から中風《ちゅうふう》にかかりまして、今だに床の上に臥《ね》たり起きたりしております。お昼は申し付けてございますが、何か他に御用もありましたら、わたしが承りましょう。」
「御主人は御病気か。それはおだいじに。ここから中津川まで何里ほどありましょう。」
「三里と申しております。ここの峠からは下りでございますから、そうお骨は折れません。」
 この半蔵の言葉を聞くと、用人は本陣の門の内外を警衛する人たちに向かって、
「諸君、中津川まではもう三里だそうですよ。ここで昼食をやってください。」
 と呼んだ。
 馬籠の宿ではその日より十日ほど前に、彦根藩の幼主が江戸出府を送ったばかりの時であった。十六歳
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