せて来た。公武間の周旋をもって任ずる千余人の薩摩の精兵が藩主に引率されて来た時は、京都の町々はあだかも戒厳令の下にあったことをも知らせて来た。しかし半蔵は何事も父の耳に入れなかった。夕方に、彼は雪隠《せっちん》へ用を達《た》しに行って、南側の廊下を通った。長州藩主がその日の泊まりと聞く中津川の町の方は早く暮れて、遠い夕日の反射が西の空から恵那山の大きな傾斜に映るのを見た。


 病後の吉左衛門には、まだ裏の二階へ行って静養するほどの力がない。あの先代半六が隠居所となっていた味噌納屋の二階への梯子段《はしごだん》を昇《のぼ》ったり降りたりするには、足もとがおぼつかなかった。
 この父は四月の発病以来、ずっと寛《くつろ》ぎの間《ま》に臥《ね》たり起きたりしている。その部屋は風呂場《ふろば》に近い。家のものが入浴を勧めるには都合がよい。一方は本陣の囲炉裏ばたや勝手に続いている。みんなで看護するにも都合がよい。そのかわり朝に晩に用談なぞを持ち込む人たちが出たりはいったりして、半蔵としてはいつまでも父の寝床をその部屋に敷いて置くことを好まなかった。どうかすると頭を冷やせの、足を温《あたた》めろの
前へ 次へ
全473ページ中374ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング