か》りをしていた男ざかりの侍である。かねて長州と水戸との提携を実現したいと思い立ち、幕府の嫌疑《けんぎ》を避くるため品川沖合いの位置を選び、長州の軍艦|丙辰丸《へいしんまる》の艦長と共に水戸の有志と会見した閲歴を持つ人である。坂下門外の事変にも多少の関係があって、水戸の有志から安藤老中要撃の相談を持ちかけられたこともあったが、後にはその暴挙に対して危惧《きぐ》の念を抱《いだ》き、次第に手を引いたという閲歴をも持つ人である。
中津川の本陣では、半蔵が年上の友人景蔵も留守のころであった。景蔵は平田門人の一人として、京都に出て国事に奔走しているころであったからで。この旅人は恵那山《えなさん》を東に望むことのできるような中津川の町をよろこび、人の注意を避くるにいい位置にある景蔵の留守宅を選んで、江戸|麻布《あざぶ》の長州屋敷から木曾街道経由で上京の途にある藩主(毛利慶親《もうりよしちか》)をそこに待ち受けていた。その目的は、京都の屋敷にある長藩|世子《せいし》(定広)の内命を受けて、京都の形勢の激変したことを藩主に報じ、かねての藩論なる公武合体、航海遠略の到底実行せらるべくもないことを進言す
前へ
次へ
全473ページ中370ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング