決死の壮士六人、あの江戸城の外のお濠《ほり》ばたの柳の樹《き》のかげに隠れていたのは正月十五日とあるから、山家のことで言えば左義長《さぎちょう》の済むころであるが、それらの壮士が老中安藤対馬の登城を待ち受けて、まず銃で乗り物を狙撃《そげき》した。それが当たらなかったので、一人の壮士が馳《は》せ寄って、刀を抜いて駕籠《かご》を横から突き刺した。安藤対馬は運強く、重傷を被りながらも坂下門内に駆け入って、わずかに身をもって難をまぬかれた。この要撃の光景をまるで見て来たように言い伝えるものがある。
「またか。」
という吉左衛門にも、思わず父と顔を見合わせる半蔵の胸にも、桜田事変当時のことが来た。
刺客はいずれも斬奸《ざんかん》趣意書なるものを懐《ふところ》にしていたという。これは幕府の手で秘密に葬られようとしたが、六人のほかに長州屋敷へ飛び込んで自刃《じじん》した壮士の懐から出て来たもので明らかにされ、それからそれへと伝えられるようになった。それには申年《さるどし》の三月に赤心報国の輩《ともがら》が井伊大老を殺害に及んだことは毛頭《もうとう》も幕府に対し異心をはさんだのではないということ
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