から書き初めて、彼らの態度を明らかにしてあったという。彼らから見れば、井伊大老は夷狄《いてき》を恐怖する心から慷慨《こうがい》忠直の義士を憎み、おのれの威力を示そうがために奸謀《かんぼう》をめぐらし、天朝をも侮る神州の罪人である、そういう奸臣を倒したなら自然と幕府においても悔いる心ができて、これからは天朝を尊び夷狄を憎み、国家の安危と人心の向背《こうはい》にも注意せらるるであろうとの一念から、井伊大老を目がけたものはいずれも身命を投げ捨てて殺害に及んだのである、ところがその後になっても幕府には一向に悔心の模様は見えない、ますます暴政のつのるようになって行ったのは、幕府役人一同の罪ではあるが、つまりは老中安藤対馬こそその第一の罪魁《ざいかい》であるという意味のことが書いてあったという。その趣意書には、老中の罪状をもあげて、皇妹和宮様が御結婚のことも、おもてむきは天朝より下し置かれたように取り繕い、公武合体の姿を示しながら、実は奸謀と威力とをもって強奪し奉ったも同様である、これは畢竟《ひっきょう》皇妹を人質にして外国交易の勅諚《ちょくじょう》を強請する手段であり、もしそれもかなわなかったら
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