とは、その日まで皇室の平静を保ち得た原因の一つであろうと言うものもある。過去の皇室の衰え方と言えば、諸国に荒廃した山陵を歴訪して勤王の志を起こしたという蒲生君平《がもうくんぺい》や、京都のさびしい御所を拝して哭《な》いたという高山彦九郎《たかやまひこくろう》のような人物のあらわれて来たのでもわかる。応仁《おうにん》乱後の京都は乱前よりも一層さびれ、公家の生活は苦しくなり、すこし大げさかもしれないが三条の大橋から御所の燈火《あかり》が見えた時代もあったと言わるるほどである。これほどの皇室が、また回復の機運に向かって来たことは、半蔵にとって、実に意味深きことであった。
時代は混沌《こんとん》として来た。彦根《ひこね》と水戸とが互いに傷ついてからは、薩州のような雄藩《ゆうはん》の擡頭《たいとう》となった。関ヶ原の敗戦以来、隠忍に隠忍を続けて来た長州藩がこの形勢を黙ってみているはずもない。しかしそれらの雄藩でも、京都にある帝《みかど》を中心に仰ぎ奉ることなしに、人の心を収めることはできない。天朝の威をも畏《おそ》れず、各藩の意見のためにも動かされず、断然として外国に通商を許したというあの井伊
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