旅人の通行を禁止するほどの警戒ぶりだ。
 九つ半時に、姫君を乗せたお輿《こし》は軍旅のごときいでたちの面々に前後を護《まも》られながら、雨中の街道を通った。いかめしい鉄砲、纏《まとい》、馬簾《ばれん》の陣立ては、ほとんど戦時に異ならなかった。供奉《ぐぶ》の御同勢はいずれも陣笠《じんがさ》、腰弁当で、供男一人ずつ連れながら、そのあとに随《したが》った。中山|大納言《だいなごん》、菊亭《きくてい》中納言、千種少将《ちぐさのしょうしょう》(有文)、岩倉少将(具視《ともみ》)、その他宰相の典侍《てんじ》、命婦能登《みょうぶのと》などが供奉の人々の中にあった。京都の町奉行|関出雲守《せきいずものかみ》がお輿《こし》の先を警護し、お迎えとして江戸から上京した若年寄《わかどしより》加納遠江守《かのうとおとうみのかみ》、それに老女らもお供をした。これらの御行列が動いて行った時は、馬籠の宿場も暗くなるほどで、その日の夜に入るまで駅路に人の動きの絶えることもなかった。


「いや、御苦労、御苦労。」
 御通行の翌日、吉左衛門は三留野《みどの》のお継ぎ所の方へ行く尾州の竹腰山城守を見送ったあとで、いろいろあ
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