に、「わたしも今それを言おうと思っていたところさ。」
 アトリ三十羽に茶漬け三杯。あれは嘉永《かえい》二年にあたる。山里では小鳥のおびただしく捕《と》れた年で、ことに大平村《おおだいらむら》の方では毎日三千羽ずつものアトリが驚くほど鳥網にかかると言われ、この馬籠の宿までたびたび売りに来るものがあった。小鳥の名所として土地のものが誇る木曾の山の中でも、あんな年はめったにあるものでなかった。仲間のものが集まって、一興を催すことにしたのもその時だ。そのアトリ三十羽に、茶漬け三杯食えば、褒美《ほうび》として別に三十羽もらえる。もしまた、その三十羽と茶漬け三杯食えなかった時は、あべこべに六十羽差し出さなければならないという約束だ。場処は蓬莱屋《ほうらいや》。時刻は七つ時《どき》。食い手は吉左衛門と金兵衛の二人。食わせる方のものは組頭《くみがしら》笹屋《ささや》の庄兵衛《しょうべえ》と小笹屋《こざさや》の勝七。それには勝負を見届けるものもなくてはならぬ。蓬莱屋の新七がその審判官を引き受けた。さて、食った。約束のとおり、一人で三十羽、茶漬け三杯、残らず食い終わって、褒美の三十羽ずつは吉左衛門と金兵衛
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