とでもらった。アトリは形もちいさく、骨も柔らかく、鶫《つぐみ》のような小鳥とはわけが違う。それでもなかなか食いではあったが、二人とも腹もはらないで、その足で会所の店座敷へ押し掛けてたくさん茶を飲んだ。その時の二人の年齢もまた忘れられずにある。吉左衛門は五十一歳、金兵衛は五十三歳を迎えたことであった。二人はそれほど盛んな食欲を競い合ったものだ。
「あんなおもしろいことはなかった。」
「いや、大笑いにも、なんにも。あんなおもしろいことは前代|未聞《みもん》さ。」
「出ましたね、金兵衛さんの前代未聞が――」
こんな話も酒の上を楽しくした。隣人同志でもあり、宿役人同志でもある二人の友だちは、しばらく街道から離れる思いで、尽きない夜咄《よばなし》に、とろろ汁に、夏の夜のふけやすいことも忘れていた。
馬籠《まごめ》の宿《しゅく》で初めて酒を造ったのは、伏見屋でなくて、桝田屋《ますだや》であった。そこの初代と二代目の主人、惣右衛門《そうえもん》親子のものであった。桝田屋の親子が協力して水の量目を計ったところ、下坂川《おりさかがわ》で四百六十目、桝田屋の井戸で四百八十目、伏見屋の井戸で四百九十目あ
前へ
次へ
全473ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング