印を終わり、残るところは馬籠の庄屋のみとなったからで。
 ちょうど馬籠の本陣からは、下男の佐吉がお民を迎えに来た。佐吉はお粂《くめ》を背中にのせ、後ろ手に幼いものを守るようにして、足の弱い女の子は自分が引き受けたという顔つきだ。お民もしたくができた。そこで出かけた。
「寿平次さま、横須賀行きを思い出すなし。」
 足掛け四年前の旅は、佐吉にも忘れられなかったのだ。
 寿平次が村のあるところは、大河の流れに近く、静母《しずも》、蘭《あららぎ》の森林地帯に倚《よ》り、木曾の山中でも最も美しい谷の一つである。馬籠の方へ行くにはこの谷の入り口を後ろに見て、街道に沿いながら二里ばかりの峠を上る。めったに家を離れることのないお民が、兄と共に踏んで行くことを楽しみにするも、この山道だ。街道の両側は夏の日の林で、その奥は山また山だ。木曾山一帯を支配する尾張藩《おわりはん》の役人が森林保護の目的で、禁止林の盗伐を監視する白木《しらき》の番所も、妻籠と馬籠の間に隠れている。
 午後の涼しい片影ができるころに、寿平次らは復興最中の馬籠にはいった。どっちを向いても火災後の宿場らしく、新築の工事は行く先に始まりか
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