たが、そういう中にあって、あの水戸の御隠居ばかりは永蟄居《えいちっきょ》を免ぜられたことも知らずじまいに、江戸|駒込《こまごめ》の別邸で波瀾《はらん》の多い生涯《しょうがい》を終わった。享年六十一歳。あだかも生前の政敵井伊大老のあとを追って、時代から沈んで行く夕日のように。
半蔵が年上の友人、中津川本陣の景蔵は、伊那にある平田同門北原稲雄の親戚《しんせき》で、また同門松尾|多勢子《たせこ》とも縁つづきの間柄である。この人もしばらく京都の方に出て、平田門人としての立場から多少なりとも国事に奔走したいと言って、半蔵のところへもその相談があった。日ごろ謙譲な性質で、名聞《みょうもん》を好まない景蔵のような友人ですらそうだ。こうなると半蔵もじっとしていられなかった。
父は老い、街道も日に多事だ。本陣問屋庄屋の仕事は否《いや》でも応《おう》でも半蔵の肩にかかって来た。その年の十月十九日の夜にはまた、馬籠の宿は十六軒ほど焼けて、半蔵の生まれた古い家も一晩のうちに灰になった。隣家の伏見屋、本陣の新宅、皆焼け落ちた。風あたりの強い位置にある馬籠峠とは言いながら、三年のうちに二度の大火は、村としても
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