二人《ふたり》が時を忘れて話し込んでいるうちに、いつのまにか夜はふけて行った。酒はとっくにつめたくなり、丼《どんぶり》の中の水に冷やした豆腐も崩《くず》れた。
五
平田|篤胤《あつたね》没後の門人らは、しきりに実行を思うころであった。伊那《いな》の谷の方のだれ彼は白河《しらかわ》家を足だまりにして、京都の公卿《くげ》たちの間に遊説《ゆうぜい》を思い立つものがある。すでに出発したものもある。江戸在住の平田|鉄胤《かねたね》その人すら動きはじめたとの消息すらある。
当時は井伊大老横死のあとをうけて、老中|安藤対馬守《あんどうつしまのかみ》を幕府の中心とする時代である。だれが言い出したとも知れないような流言が伝わって来る。和学講談所(主として有職故実《ゆうそくこじつ》を調査する所)の塙《はなわ》次郎という学者はひそかに安藤対馬の命を奉じて北条《ほうじょう》氏廃帝の旧例を調査しているが、幕府方には尊王攘夷説の根源を断つために京都の主上を幽《ゆう》し奉ろうとする大きな野心がある。こんな信じがたいほどの流言が伝わって来るころだ。当時の外国奉行|堀織部《ほりおりべ》の自殺も多
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