旋《あっせん》した。
 村の人たちは皆、街道に出て見た。その中に半蔵もいた。彼は父の吉左衛門に似て背《せい》も高く、青々とした月代《さかやき》も男らしく目につく若者である。ちょうど暑さの見舞いに村へ来ていた中津川の医者と連れだって、通行の邪魔にならないところに立った。この医者が宮川《みやがわ》寛斎《かんさい》だ。半蔵の旧《ふる》い師匠だ。その時、半蔵は無言。寛斎も無言で、ただ医者らしく頭を円《まる》めた寛斎の胸のあたりに、手にした扇だけがわずかに動いていた。
「半蔵さん。」
 上の伏見屋の仙十郎もそこへ来て、考え深い目つきをしている半蔵のそばに立った。目方百十五、六貫ばかりの大筒《おおづつ》の鉄砲、この人足二十二人がかり、それに七人がかりから十人がかりまでの大筒五|挺《ちょう》、都合六挺が、やがて村の人々の目の前を動いて行った。こんなに諸藩から江戸の邸《やしき》へ向けて大砲を運ぶことも、その日までなかったことだ。
 間もなく尾張の家中衆は見えなかった。しかし、不思議な沈黙が残った。その沈黙は、何が江戸の方に起こっているか知れないような、そんな心持ちを深い山の中にいるものに起こさせた。六
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