そう静かにしていられるはずもなかった。山論までが露骨になって来た。
しかし半蔵にとって、大《おお》げさに言えば血で血を洗うような、こうした百姓同志の争いほど彼の心に深い悲しみを覚えさせるものもなかった。福島役所への訴訟沙汰《そしょうざた》にまでなった山論――訴えた方は隣村湯舟沢の村民、訴えられた方は馬籠宿内の一部落にあたる峠村の百姓仲間である。山論がけんかになって、峠村のものが鎌《かま》十五|挺《ちょう》ほど奪い取られたのは過ぐる年の夏のことで、いったんは馬籠の宿役人が仲裁に入り、示談になったはずの一年越しの事件だ。この争いは去年の二百二十日から九月の二十日ごろまで、およそ二か月にもわたった。そのおりには隣宿妻籠|脇本陣《わきほんじん》の扇屋得右衛門《おうぎやとくえもん》から、山口村の組頭《くみがしら》まで立ち合いに来て、草山の境界を見分するために一同弁当持参で山登りをしたほどであった。ところが、湯舟沢村のものから不服が出て、その結果は福島の役所にまで持ち出されるほど紛《もつ》れたのである。二人の百姓総代は峠村からも馬籠の下町からも福島に呼び出された。両人のものが役所に出頭して見ると
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