う。吉左衛門ももう杖《つえ》なぞを手にして、新たに養子を迎えたお喜佐《きさ》(半蔵の異母妹)の新宅を見回りに行くような人だ。金兵衛は、と見ると、この隣人は袂《たもと》に珠数《じゅず》を入れ、かつては半蔵の教え子でもあった亡《な》き鶴松《つるまつ》のことを忘れかねるというふうで、位牌所《いはいじょ》を建立《こんりゅう》するとか、木魚《もくぎょ》を寄付するとかに、何かにつけて村の寺道の方へ足を運ぼうとするような人だ。問屋の九太夫にもあう。
「九太夫さんも年を取ったなあ。」
そう想《おも》って見ると、金兵衛の家には美濃の大井から迎えた伊之助《いのすけ》という養子ができ、九太夫の家にはすでに九郎兵衛《くろべえ》という後継《あとつ》ぎがある。
半蔵は家に戻《もど》ってからも、よく周囲《あたり》を見回した。妻をも見て言った。
「お民、ことしか来年のうちには、お前も本陣の姉《あね》さまだぜ。」
「わかっていますよ。」
「お前にこの家がやれるかい。」
「そりゃ、わたしだって、やれないことはないと思いますよ。」
先代の隠居半六から四十二歳で家督を譲られた父吉左衛門に比べると、半蔵の方はまだ十二年も
前へ
次へ
全473ページ中290ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング