住みながらも、一方には伊那の谷の方を望み、一方には親しい友だちのいる中津川から、落合、附智《つけち》、久々里《くくり》、大井、岩村、苗木《なえぎ》なぞの美濃の方にまで、あそこにも、ここにもと、その燈火を数えて見ることができた。


 当時の民間にある庄屋《しょうや》たちは、次第にその位置を自覚し始めた。さしあたり半蔵としては、父|吉左衛門《きちざえもん》から青山の家を譲られる日のことを考えて見て、その心じたくをする必要があった。吉左衛門と、隣家の金兵衛《きんべえ》とが、二人《ふたり》ともそろって木曾福島の役所あてに退役願いを申し出たのも、その年、万延《まんえん》元年の夏のはじめであったからで。
 長いこと地方自治の一単位とも言うべき村方の世話から、交通輸送の要路にあたる街道一切の面倒まで見て、本陣問屋庄屋の三役を兼ねた吉左衛門と、年寄役の金兵衛とが二人ともようやく隠退を思うころは、吉左衛門はすでに六十二歳、金兵衛は六十四歳に達していた。もっとも、父の退役願いがすぐにきき届けられるか、どうかは、半蔵にもわからなかったが。
 時には、半蔵は村の見回りに行って、そこいらを出歩く父や金兵衛にあ
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