越前、土州の諸大名、およそ平生《へいぜい》彼の説に賛成したものは皆江戸城に集まって大老と激しい議論があったが、大老は一切きき入れなかった。安政大獄の序幕はそこから切って落とされた。彼はもとより首唱の罪で、きびしい譴責《けんせき》を受けた。屏《しりぞ》けられ、すわらせられ、断わりなしに人と往来《ゆきき》することすら禁ぜられた。その時の大老の言葉に、岩瀬輩が軽賤《けいせん》の身でありながら柱石たるわれわれをさし置いて、勝手に将軍の継嗣問題なぞを持ち出した。その罪は憎むべき大逆無道にも相当する。それでも極刑に処せられなかったのは、彼も日本国の平安を謀《はか》って、計画することが図に当たり、その尽力の功労は埋《うず》められるものでもないから、非常な寛典を与えられたのであると。
 瑞見に言わせると、今度江戸へ出て来て見ても、水戸の御隠居はじめ大老と意見の合わないものはすべて斥《しりぞ》けられている。諸司諸役ことごとく更替して、大老の家の子郎党ともいうべき人たちで占められている。驚くばかりさかんな大老の権威の前には、幕府内のものは皆|屏息《へいそく》して、足を累《かさ》ねて立つ思いをしているほどだ
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