と瑞見が笑うと、亭主はしきりに手をもんで、
「いえ、そういうわけでもございませんが、吾家《うち》のお袋なぞはもう驚いております。牛の臭気《におい》がこもるのは困るなんて、しきりにそんなことを申しまして。この神奈川には、あなた、肉屋の前を避《よ》けて通るような、そんな年寄りもございます。」
 その時、寛斎は自分でも好きな酒をはじめながら、瑞見の方を見ると、客も首を延ばし、なみなみとついである方へとがらした口唇《くちびる》を持って行く盃《さかずき》の持ち方からしてどうもただではないので、この人は話せると思った。
「こんな話がありますよ。」と瑞見は思い出したように、「あれは一昨年《おととし》の七月のことでしたか、エルジンというイギリスの使節が蒸汽船を一|艘《そう》幕府に献上したいと言って、軍艦で下田から品川まで来ました。まあ品川の人たちとしてはせっかくの使節をもてなすという意味でしたろう。その翌日に、品川の遊女を多勢で軍艦まで押しかけさしたというものです。さすがに向こうでも面くらったと見えて、あとになっての言い草がいい。あれは何者だ、いったい日本人は自分の国の女をどう心得ているんだろう
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