たちがいやな臭気《におい》をもかいで帰って来た。苗字帯刀を勘定所のやり繰り算段に替えられることは、吉左衛門としてあまりいい心持ちはしなかった。
「金兵衛さん、君には察してもらえるでしょうが、庄屋《しょうや》のつとめも辛《つら》いものだと思って来ましたよ。」
 吉左衛門の述懐だ。
 その時、上《かみ》の伏見屋の仙十郎《せんじゅうろう》が顔を出したので、しばらく二人《ふたり》はこんな話を打ち切った。仙十郎は金兵衛の仕事を手伝わされているので、ちょっと用事の打ち合わせに来た。金兵衛を叔父《おじ》と呼び、吉左衛門を義理ある父としているこの仙十郎は伏見家から分家して、別に上の伏見屋という家を持っている。年も半蔵より三つほど上で、腰にした煙草入《たばこい》れの根付《ねつけ》にまで新しい時の流行《はやり》を見せたような若者だ。
「仙十郎、お前も茶でも飲んで行かないか。」
 と金兵衛が言ったが、仙十郎は吉左衛門の前に出ると妙に改まってしまって、茶も飲まなかった。何か気づまりな、じっとしていられないようなふうで、やがてそこを出て行った。
 吉左衛門は見送りながら、
「みんなどういう人になって行きますかさ
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