の方へは浪士来襲のうわさすら伝わって来た。

       三

 とうとう、寛斎は神奈川の旅籠屋《はたごや》で年を越した。彼の日課は開港場の商況を調べて、それを中津川の方へ報告することで、その都度《つど》万屋《よろずや》からの音信にも接したが、かんじんの安兵衛らはまだいつ神奈川へ出向いて来るともわからない。
 年も万延《まんえん》元年と改まるころには、日に日に横浜への移住者がふえた。寛斎が海をながめに神奈川台へ登って行って見ると、そのたびに港らしいにぎやかさが増している。弁天寄りの沼地は埋め立てられて、そこに貸し長屋ができ、外国人の借地を願い出るものが二、三十人にも及ぶと聞くようになった。吉田橋|架《か》け替えの工事も始まっていて、神奈川から横浜の方へ通う渡し舟も見える。ある日も寛斎は用達《ようたし》のついでに、神奈川台の上まで歩いたが、なんとなく野毛山《のげやま》も霞《かす》んで見え、沖の向こうに姿をあらわしている上総《かずさ》辺の断崖《だんがい》には遠い日があたって、さびしい新開地に春のめぐって来るのもそんなに遠いことではなかろうかと思われた。
 時には遠く海風を帆にうけて、あだ
前へ 次へ
全473ページ中230ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング