。寛斎が近く行って見たその西洋人は、髪の毛色こそ違い、眸《ひとみ》の色こそ違っているが、黒船の連想と共に起こって来るような恐ろしいものでもない。幽霊でもなく、化け物でもない。やはり血の気の通《かよ》っている同じ人間の仲間だ。
「糸目百匁あれば、一両で引き取ろうと言っています。」
この売り込み商の言葉に、安兵衛らは力を得た。百匁一両は前代未聞の相場であった。
早い貿易の様子もわかり、糸の値段もわかった。この上は一日も早く神奈川を引き揚げ、来る年の春までにはできるだけ多くの糸の仕入れもして来よう。このことに安兵衛と李助《りすけ》は一致した。二人《ふたり》が見本のつもりで持って来て、牡丹屋《ぼたんや》の亭主《ていしゅ》に預かってもらった糸まで約束ができて、その荷だけでも一個につき百三十両に売れた。
「宮川先生、あなただけは神奈川に残っていてもらいますぜ。」
と安兵衛は言ったが、それはもとより寛斎も承知の上であった。
「先生も一人《ひとり》で、鼠《ねずみ》にでも引かれないようにしてください。」
手代の嘉吉《かきち》は嘉吉らしいことを言って、置いて行くあとの事を堅く寛斎に託した。中津川と
前へ
次へ
全473ページ中220ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング