て、山上と姓を改めたともありますね。昔はこの辺を公郷《くごう》の浦とも、大田津とも言ったそうです。この半島には油壺《あぶらつぼ》というところがありますが、三浦|道寸《どうすん》父子の墓石なぞもあそこに残っていますよ。」
 やがて半蔵らはこの七郎左衛門の案内で、茶室の方へ通う庭の小径《こみち》のところへ出た。裏山つづきの稲荷《いなり》の祠《ほこら》などが横手に見える庭石の間を登って、築山《つきやま》をめぐる位置まで出たころに、寿平次は半蔵を顧みて言った。
「驚きましたねえ。この山上の二代目の先祖は楠家《くすのきけ》から養子に来ていますよ。毎年正月には楠公《なんこう》の肖像を床の間に掛けて、鏡餅《かがみもち》や神酒《みき》を供えるというじゃありませんか。」
「わたしたちの家が古いと思ったら、ここの家はもっと古い。」


 松林の間に海の見える裏山の茶室に席を移してから、七郎左衛門は浦賀の番所通いの話などを半蔵らの前で始めた。二千人の水兵を載せたアメリカの艦隊が初めて浦賀に入港した当時のことがそれからそれと引き出された。
 七郎左衛門の話はくわしい。彼は水師《すいし》提督ペリイの座乗《ざじょ
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